「人間、誰もがいずれは障がい者」

<今日は、イギリスの学校ともジョリーフォニックスとも関係のないお話です。>

私の専門は「Special Needs Education 特別支援教育」です。(ジョリーフォニックスのトレーナーをしているので、よく「英語が専門ですよね」と聞かれるのですが、英語は渡英してから勉強し始めたくらいで、今現在も日本でいう資格では「英検3級」を持っているくらいです。)
大学では心理学を専攻し、不登校や非行問題をテーマに勉強していました。本当は中学校の先生になって、非行少年たちと関わりたいと思っていたのです。が、いろいろあり、小学校の教員となりました。そんな私がなぜ特別支援の道を選んだかというと・・・。

教員になると「初任者研修」というものがあり、1年間、何度も研修を受けなければなりません。その中の一つ、特殊教育(当時)の研修だったと思うのですが、講師の先生がこんなことをおっしゃいました。
「今は君たちは若いからわからないかもしれない。でも、私の年になると目が見えなくなるし、耳も遠くなる。・・・物忘れもするだろうし、歩くこともままならなくなる。誰かの手が必要となる・・・人間は誰もがいずれは障がい者になるんだ」
この言葉が「脳天を打たれた」ということでもなく、なんとなく耳に残っていたのです。

数年後、特殊学級(当時)を担任することになり、言葉が出ない自閉症を持つH君を担任し、その後、私は渡英。H君を担任していた時も、先ほどの先生の言葉の意味はよくわからないままでした。
イギリスへ来て、英語が通じなくて、悔しくて、つらくて、涙が出ることも。そんなとき、このH君の気持ちがようやくわかったような気持ちになりました。
一生懸命、私に何かを伝えようとしてるけれど、言葉にならない。それでパニックを起こしてしまったH君。
気持ちを伝えたくても言葉にならない・・・。あぁ、こういう気持ちだったのかなって。

そのときかな。初任研での言葉「人間、誰もがいずれは障がい者」というのがこういうことを意味しているのではないかと思ったのは。講師の先生は、困っている子どもたちの「気持ち」になることが大切だということを伝えたかったのではないのかな・・・と感じたのです(もしかしたら、私が忘れているだけで、そういうお話だったかもしれませんが)。

そう思ったら、「教室でこういう思いをしている子どもが何人かはいるはず。見た目は「普通」に見えるけれど、心の中では苦しい思いをしている子どもがいる」と思ったら、そういう子どもたちを支援したくて。それで、英語ができないにも関わらず、日本人の子どもたちを支援したいと思い、今の仕事を始めました。でも、教室にいて、目につくのは黒板を写すのに時間がかかる子、先生の指示がわからず、何もできない子、本が読めなくてつらい思いをしている子・・・そういう子たちを支援したいと自然に思うようになり、今に至っています。

今の私だからできることは「フォニックス」を教えること。それも多感覚を用いたジョリーフォニックスを指導し続け、ようやく自分なりにフォニックスと特別支援を結び付けて指導できるようになってきました。すると、特別支援が必要でない子どもたちにもこの指導法がとても有効であることがわかってきました。指導する人に知っていてもらいたいのは、特別支援教育の教え方がどの教科でも根本であるということ。
私は、何年かしたらフォニックスではなく、何か別のものを教えているかもしれない。でも、私にとって教える根本はこれでいたい。

なぜこんなことを書いたかって・・・それは、こんな素敵なプレゼントをもらったから。
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昨年まで私が担当していた自閉症を持つ8歳の子が書いた本。16ページにもわたる大作です。今日、たまたまこの子が通う学校に行ったときに会うことができたのですが、私の顔を見るなりピョンピョン跳ね上がって大喜びしてくれ、自分が作った本を3冊も見せてくれました。それで、この子がくれたのがこの本。
この子と過ごした2年は私の宝物。彼を信じて指導を続けてきて、その成長ぶりに涙し、こうして今日久しぶりに会って、彼の中に私との2年間が存在しているのを見て、すごくうれしくって。この思いをきちんと書き留めておこうと思ったのです。
これから先、自分自身、悩むことも壁にぶつかることも出てくるだろうけれど、今日の気持ちを読み返したら、きっとその壁を越えられると思って。未来の私へのメッセージでもあります。

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